日本人初のゴルフ教本
昭和6年12月20日 目黒書店発行
昭和6年ゴルフ界の出来事
・相模CC、軽井沢GC開場
・全米オープンをビリー・バークが制覇。スチールシャフトを使用した初めての優勝者となる。
・浅見緑蔵が日本オープン、日本プロ、そして第1回の関東プロにも勝ち、公式戦3冠を達成。
白石多士良
1887~1954 東京帝国大学を卒業後、アメリカに留学。土木建築学を学ぶ。1921年、小松製作所の初代社長に就任した後も、当時の日本の土木工学の第一人者として活躍した。ゴルフへの造詣(ぞうけい)も深く、著書「正しいゴルフ」は「日本人による初めてのゴルフ教本」といわれる。
~エチクェツト~
どんなスポーツにもEtiquette(礼儀)と云うことは非常に大切な事であるが、殊にゴルフでは大勢の人が一緒に、同じ芝生の上でプレーをするのであるから、お互いに邪魔にならぬようにチクェツトを守る事が特に必要がある。お互いに愉快に遊ぶ為に、之を守らなければならぬのである。
先ず第一にゴルフと云うゲームは静止しているボールを、而も非常に小さな球を打つのであるから、打つ瞬間に物の動くのが見えたり、大きな音がすると失敗し易いものである。
原則としては成るべくゴルフ場内では静粛にすると云うことである。併しそれも程度のある事であって、赤星六郎君が亜米利加から帰って来て、日本のゴルフ場に這入ったらば、あまりに皆が静粛な顔をして物も言わずにプレーをして居るので、非常に奇異な感に打たれた。
勿論遊びであるから笑いもしようし、戯言(ざれごと)も言いながらプレーをして宜いのである。併し常識的に考へて、自分たちの組で一緒に打廻って居る人ならば宜しいが、他の組の人の打って居る傍を通る時などに余り大きな声で笑ったり、向こうの人の打って居る後を構わずドシドシ歩いたりすることは慎まなければならぬ。
又例えばダフ(Duff)をして芝をはがした時そのディボット(Divot)を元の如く埋めて置くとか、バンカーの中に這入ったらば自分の足跡を能く消して出るとか、細かいことは各倶楽部のエチケットの注意書きに書いてある。
それからもう一つ最も大切な事は、自分達のプレーが非常に遅い場合には、後から来た組を追抜かしてやることである。是は大抵の倶楽部の規則として、自分達より前の一ホールに人が居なくなったらば、それは自分達の組の進みが遅いので、後ろの組を押へて居る証拠だから其場合には、後ろの組を抜かしてやることになっている。
所が之を抜かしてやるのにも、抜かしてやるときにも、抜かしてやる時に能くやることは、向うに一度抜けと云って合図してから又自分達が打出すことがある。
抜かせる時には徹底的に待って、完全に抜かせないと、却って其為にゴタゴタして時間が掛って、又其次の組を待たせるようなことになる。だから抜けと合図をしたらば自分は横に避けて、後から来た一組だけを完全に前に通してやる必要があるのである。
マッチプレーの場合には規則の上から云っても、ホールに遠い方の人が先に打つことになって居る。是は試合の上からの規則であるが、お互いに試合をせずに廻る時にもホールへ遠い人から打って行くことに習慣を付ける必要がある。
ゴルフの球は当たれば相当に酷い怪我をする。それであるから人が球を打つ時に、それよりも前に出て行くことは球が当たる危険がある。此点から云っても、礼儀として穴に遠い人から順に打たして、成べく四人ならば四人が話をしながら進めるように、余り前後に離れてしまわぬように、プレーをしていくことが必要である。
エチクェツトとしてはまだまだ細かい事は沢山あるのであるが、前に述べたように、多勢で一緒にプレーをするのであるから他のプレーヤーをヂスターブ(Disturb)しない範囲で愉快にゲームをし、又ダフった後を直さずに置けば其次に来た人の球が、若しも其所にでも這入れば非常に気の毒な事になるから、それを直して行くとか、バンカーの足痕も、其足痕に次の人の球が這入れば又非常に打ちにくくなるから之も直すと云う風に、人に迷惑を掛けないように心掛け、後ろの組を抜かせるのもコースの全体の混乱を避ける為である。
それからゴルフの球が当たれば非常に危険なものであると云うことを頭に置いて、例へば自分の相手の球よりも先に出て歩く事を慎むのはパートナーのプレーをしやすくする為でもあるし、お互いに危険を避ける為でもあるのである。
白石多士良
(><)
エチケットを学ぶとしたらどうすればいいのだろうか?わたしの場合はゴルフをしていなければきっと学ぼうとしなかったし、学ぶすべを知らなかったと思います。
エチケットの基本を一言で表現するならば「他人に迷惑をかけない」と中部銀次郎さんは表現しています。
最近、何事に対しても“知らない”ということですまされないと思うと考えさせらてしまいました。
ki銀次郎
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