2016年10月17日月曜日

富士通レディース(2日目)

富士通レディース2016が千葉県千葉市の東急セブンハンドレッドクラブ(西コース)で開催されました。優勝は松森彩夏選手でした。



私は大会2日目に、福田真未、河野美桜、武尾咲希の組について回りました。
1日目、+8福田真未、河野美桜、+6武尾咲希望、最下位の組として2日目はインコース最終スタートの10時35分でした。

プロの選手としては屈辱を感じているに違いないと思った。そしてこの選手たちはどんなプレーを見せてくれるのだろうか?という期待感でいっぱいでした。

河野選手は「どうしてこの位置にいるの?」と思えるほどアプローチが上手でした。武尾選手はティショットのフェアウェイキープ率が100%だった。福田選手のプレーは何が何でもパーをセーブすることにこだわっているように見えました。

最下位の最終組には、ギャラリーもまばら、他のホールから「ナイスバーディ」という大歓声を耳にしながらも、淡々と自分のプレーに集中する様は、さすがプロゴルファーだなと思いました。

武尾咲希 today 5バーディ 2ボギー トータル+3
福田真未 today 2バーディ 2ボギー トータル+8
河野美桜 today 1バーディ 6ボギー トータル+13

彼女たち3人の、最終ホールをホールアウトするまで、歩く姿勢も変えず、あきらめることなく、一生懸命プレーしてました。

この選手達の姿を忘れないようにして、“あきらめないゴルフ”私自身のゴルフにもあてはめていこうと思いました。帰るときにギャラリー送迎のバスを待っている間、予選落ちした選手たちは荷物をまとめて、次週の開場へと移動する姿が印象的でした。

ki銀次郎

2016年10月13日木曜日

◆貧しい家庭環境が強い精神力を養った(「書斎のゴルフ」)


イ・ボミは2014年に父を病気で亡くしているが、その父が毎日、車で往復3時間かけてゴルフ練習場に連れていったという苦労話は今でも語られる。

申ジエは中学生のときに練習場まで送ってくれた母が、帰りに交通事故で亡くなった。早くに母を亡くした申ジエは家庭が貧しかったため、ゴルフを諦めようとした。

ところが少額の保険金のすべてを父が申ジエのゴルフ人生に注ぎ込んだ。彼女は一家を背負いアメリカに渡って2009年には米ツアー賞金女王にまで上り詰めた。すべて実話である。

キム・ハヌルもまた、貧しい家庭に育った。小学校5年生のとき、学校にゴルフ部ができて初めてクラブを握った。ただそれも運営上の問題でたったの2カ月で廃部。

キム・ハヌルに才能があることを見出した学校のコーチがゴルフを続けるように両親を説得したまでは良かったが、キム・ハヌルの家庭はゴルフを続けられる環境ではなかった。



父の事業が失敗したりして、練習もままならない時期がありました。12歳のときゴルフがしたくて「ゴルフで成功する自信があるから力になってほしい」と父に話したことを覚えていますと言っている。

父のキム・ジョンヒョン氏は「12歳の子のそんな言葉をどう信じればいいんですか。ただ、あまりにも確固たる決心で話してくるので、その夢を諦めろとは言えませんでした」と話す。

ジュニアの頃のキム・ハヌルは今の姿からは想像もつかないほど、苦労の連続だった。

練習場に向かう車があまりにもポンコツ過ぎて、父はあまりの恥ずかしさから駐車場の隅っこに隠れるようにして置いていたという話。

また、キム・ハヌルが中学時代、ある試合に出場したのだが、ボールを1個しか持っていないことがあった。「ボールを1ピース買いなさい」と話したが、キム・ハヌルは「買わなくて大丈夫」と言った。それを買うことで、父の財布の中身が空っぽになることを知っていたからだ。

結局、その試合では「ボールをなくした終わり」という覚悟で、18ホールすべてを回りきった。今でもボール1個をとても大事にするという。

この時期、キム・ハヌルは一家の希望となっていたのかもしれない。それを敏感に感じ取っていた少女は、手の平が豆だらけになりながらも、毎日球を打ち続けた。こうした幼少期の経験こそが、強さの源、原動力であることは疑いの余地もない。

(><)
やっぱりどん底を味わった人間は強いんですね。ポンコツ車に乗って隅っこに停めるお父さん姿、財布の中身がなくなるにも関わらずボールを1ピース買いなさいといったお父さんの気持ちを想像しただけで泣けてきます。

成功者には苦労話がつきものだけれど、人間は苦労がなくて成長することは無いんですねきっと。苦労をした人間が幸せを掴んだときの笑顔は、絶対に作ってできる笑顔ではありません。だからスマイルキャンディとかスマイルクィーンと呼ばれるような素敵な笑顔でプレーできるのでしょう。
ki銀次郎

練習は心の鍛錬! (2016年10月12日 水曜 21:30~)

小さいことを積み重ねることが
とんでもないところへ行く
ただひとつの道だと思っています。

そして辛抱した木に花が咲く。



50球
ドライバー×10球  8鉄×20球  AW×20球   

バット素振り(左)×20回
スピードアシストトレーニング×0回
バット真剣素振り×3回(2015年6月10日~累計12,258回)
連続10回バット素振り×0回(2016年6月8日~累計500回)


今日は練習に気合が入りません。いっそやらない方がいいと思ったけど、尻にムチを打ちました。
しかしやっぱり身になる練習はできないなぁ~


バットも振らず、球だけ打った練習でした。けど力が入っていないせいか芯にあたることが多く、いい球が飛んでいきました。
ゴルフは難しい~


練習以外に上手くなる方法はない。
いつか咲く花を夢見て NEVER GIVE UP!

2010年2月~累計練習打球数:202,495球

2016年10月12日水曜日

【 愛があふれる美輪明宏の名言 】

「美輪明宏」の画像検索結果

(1)
運が良くなりたければ、微笑んでいれば良い。
人に優しくすれば良い。
思いやりと優しさで、運は開ける。
 
(2) 
せめて自分ぐらい自分を褒めて認めてあげないと
自分が救われない。
自分の味方になれるのは自分だけ。
 
(3)
孤独とは、物事を深く考えるチャンス。 
友達が多い事は
必ずしも幸せではない。
 
 
(4)
自分に満足した人は天狗になる。 
自分に満足できないから向上心が生まれる。

(5)
自分に思いやりが足りない人ほど相手に思いやりを求める。
自分の言葉が相手を傷つけていないか、まず反省してみる事。
 
(6) 
皆が喜んでくれる自分を演じるより、
人目を気にせず、素顔の自分を表現すれば楽になる。
 
(7)
すぐキレるのは、自分の気持ちを表現する適切な言葉を知らないから。 
たくさんの本を読んで言葉を知ればストレスは溜まらない。 
 
(8) 
お経を何万篇唱えても、心がこもっていなければ鼻歌と同じ。 
大切なのは感謝の気持ち。 
 
(9)
どんなトラブルが起きても微動だにしない。 
そんなレベルに達するまで人生の修行は続きます。
弱音を吐かず覚悟を決めて。 
 
(10) 
苦しみを経験するから、幸せの有り難みが分かる。
苦しむことは幸せになるためのプロセス。

- 美輪明宏 -

(><)
今日は仕事上で非常に嫌な思いをしました。普段から怒らない様にと意識していますが、瞬間的に血が登り、自分でストレスを抱えてしまいます。

(7)
すぐキレるのは、自分の気持ちを表現する適切な言葉を知らないから。 
たくさんの本を読んで言葉を知ればストレスは溜まらない。 

今日はこの言葉を抱いて寝るとします。
ki銀次郎

2016年10月11日火曜日

◆アーノルド・パーマー死去 日本を“傘”だらけにしたゴルファー

たとえゴルフに縁がなくても、傘マークのブランドとしてなら、誰もが知るアーノルド・パーマー。米国の男子ゴルフツアーで通算62勝、4大メジャー大会でも7勝と、その名をゴルフ史に深く刻んだ男が、9月25日、心臓疾患による合併症で亡くなった。享年87。

「アーノルド・パーマーの画像」の画像検索結果

ゴルフジャーナリストの児島宏氏が言う。
「上位を追い上げる時、次々と攻めていく“パーマー・チャージ”は凄かった。波に乗るとバーディーの連続ですからね。スイングした後、両手を頭上に高く上げる独特なハイ・フィニッシュと、攻撃的なゴルフが彼の持ち味でした」

そのプレーを一目見ようと集まった大勢のギャラリーが、ゾロゾロと一緒にコースを移動する。アーニーズ・アーミー(アーニー軍団)と呼ばれるファンが付くほど人々を虜にした。

「シニアの試合で日本に来た時ですから、20年ほど前です。彼が練習している姿をファンの女の子が見ていたら、ウインクしてくるんです。偉くなるとファンに見向きもしなくなる人もいますが、彼はそんなことはなく、気さくで優しい。人間味がありましたね」(同)
「アーノルド・パーマーの画像」の画像検索結果

それだけではない。傘マークの「アーノルド・パーマー」ブランドも展開し、70年代から80年代に掛けてアパレル商品を大ヒットさせた。

ライセンス管理をするIMGジャパンによれば、現在、約15社がゴルフグッズをはじめ、靴、傘、帽子、眼鏡、タオルなどを売り出している。そのうちの一つ、1972年からカジュアルな衣料品を販売している、レナウンの担当者が言う。

「当時を知る者から伝え聞いたところでは、彼の前向きでアグレッシブなスタイルが当社の目指すものと重なり、取り扱うことになったそうです。近年では、現役時代の彼を知らなくても、傘マークが可愛いと言って買われるお客様もいます。お陰さまで、社の歴史の中では、大事なブランド、小売りビジネスの主力です」
偉大なゴルファーが魅了したのは、プレーだけではなかった。
「週刊新潮」2016年10月6日号 掲載


(><)
私はそのレナウングループの一員として(株)ダーバンに14年勤務させていただきました。そしてレナウンローバーズというアメリカンフットボールチームで10年プレーさせていただきました。

もちろん未だに、傘のマークのアーノルド・パーマーブランドを見ると親近感を覚えます。とても大好きなブランドです。

ki銀次郎

練習は心の鍛錬! (2016年10月9日 日曜 22:30~)

小さいことを積み重ねることが
とんでもないところへ行く
ただひとつの道だと思っています。

そして辛抱した木に花が咲く。



115球
ドライバー×10球  8鉄×50球  AW×40球   

バット素振り(左)×20回
スピードアシストトレーニング×5回
バット真剣素振り×35回(2015年6月10日~累計12,255回)
連続10回バット素振り×1回(2016年6月8日~累計500回)


9時30分に出雲大社から帰宅、どうしても練習したくて練習場へきました。

いつも「今日はバットを最低50回振るぞ」という意気込みで練習場へ来るのですが、1球1球、1振り1振り真剣に練習すると、バットの素振りも30回を超えると肉体的に疲れてきてしまいます。


それでも心の中には「積み重ね、積み重ね」という言葉だけが顔を出します。


今日から8番アイアンを打つことにしました。強振するのではなく芯に当てて150ヤード打てるようになりたいと思っているからです。


今日もいい練習ができました。テークバックもゆっくりできるようになってきました。深夜の練習は集中力が増すような気がします。今日もゴルフ練習ができたことに感謝しながら家路につきました。
ki銀次郎



練習以外に上手くなる方法はない。
いつか咲く花を夢見て NEVER GIVE UP!

2010年2月~累計練習打球数:202,445球

出雲大社参拝(10月9日)



羽田発7:10のJALに乗って、島根県出雲市へ向かいました。ジェット機の向こうの朝焼けが美しく、出雲の国へ行くには最高の朝になりました。




神在月(神無月)には全国から八百万の神々が集まり、神議が行われる(神在祭 旧暦10月11日 - 17日)。出雲へ行かず村や家に留まる田の神・家の神的な性格を持つ留守神(荒神等)も存在しているので、すべての神が出雲に出向くわけではない。
そのような神集への信仰から、江戸時代以降は文学にも出雲の縁結びの神様としてあらわれるほどに、全国的な信仰をあつめるようになった。



ご本殿の手前に拝殿がありました。お参りはするときはいつも45円と決めています。理由は「始終ご縁がありますように」という思いを込めて参拝しています。




私の知識では参拝するときは「二礼二拍手一礼」だと思っていましたが、皆さんが四拍手しているので調べてみました。



『一般参拝者が行う作法として、出雲大社や宇佐神宮、その他に弥彦神社などは二礼四拍手一礼」。 伊勢神宮での八拍手(八開手)は神宮神官が祭祀の時にのみ行う儀礼で、一般参拝者は行いません』 ということです。




敷地内を歩いていたら、東日本大震災で岩手県陸前高田市気仙沼町で津波に耐えた奇跡の一本松というのがありました。残念ながら約半年後に枯れてしまいましたが、松が枯れる前に地元のNPOが、落ちた枝を拾ってクロマツの苗木に接ぎ木し大事に育てたそうです。



その苗木の“奇跡の一本松 二世松”というのが、ここ出雲大社の中にありました。「蘇り」の象徴だそうです。




余談ですが、正門から100mも離れていないところに、歌手の竹内まりやさんのご実家で旅館の“竹野屋”さんがリニューアルオープンしていました。

この日は、出雲縁結び空港を19:20発、羽田行きの飛行機で日帰りしました。とっても充実した1日となりました。神様ありがとうございました。
ki銀次郎