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2016年6月14日火曜日

不滅のゴルフ名言集(摂津茂和)

ゴルファーは技術向上にかけて
並々ならぬエネルギーを費やす。
それはゴルフ発祥の時代から変わらない。
ゴルフ上達における歴代の金言は
技術書以上に核心を突く。




~ゴルフで得たものは、ゴルフに返せ~

チャールズ(チック)・エバンズ

1930年に往年のアメリカアマチュア名手チック・エバンズの基金提供で、世界ではじめてのキャディ奨学基金「ザ・エバンズ・スカラーシップ・ファウンデーション」がもうけられた。


この奨学基金は、今では毎年全米から進学希望者のキャディ450名を選んで26の大学に入学させ卒業までの4年間の学資と生活費を供与するという。


個人の奨学基金としては世界最大のものとなり、この基金で大学を卒業したものの何人かは、すでに最高裁判所の判事や大学教授、外交官となり現在活躍しているという。


チック・エバンズがこの奨学基金を提供した動機には、次のような心あたたまる逸話がある。


周知のようにエバンズは26歳で1916年の全米オープンと全米アマに優勝する不滅の偉業をなしとげたが、このため各運動具会社はこの若き天才を大金で自社専属のプロにしようとした。


だがつましいながらも堅実な家庭に育った彼は、けなげにもこの誘惑に耳をかさず、「僕はスポーツマンだ。ゴルフで得た名誉を金銭とひきかえることはできない」といって、アマチュアの誇りを堅持した。

そしてある蓄音機会社の求めだけを容れて、アマチュア資格に抵触しない青少年用の教材としたインストラクションをレコードに吹きこみ、その印税として5千ドルがエバンズにとどけられた。

だが、この金すらうけとるのを躊躇した彼は、すぐ母に相談すると、母は「ゴルフで得たものは、ゴルフにお返しなさい」といって、そのお金をいつかゴルフのために使うときがくるまで、供託預金とすることをすすめた。

それより13年後の1930年にこの供託預金は利子がつもって12千ドルになった。エバンズははじめて母の言葉に従がい、これをキャディの奨学基金として彼の属するシカゴのウェスタン・ゴルフ協会に預託した。

それは彼が少年時代に数年間キャディをして、仲間のキャディの貧困な生活をつぶさに味わったからであった。
チャールズ(チック)・エバンス

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このような美しい話を耳にするだけで、自分の心もこの美しいはなしを記憶してくれる。いい話を記憶していれば、きっと自分は間違った方向へはいかないと思うのだ。

ki銀次郎

2015年12月21日月曜日

◆いつもポケットに忍ばせたい名手の言葉

~ゴルフは左手のゲームである~


◆ボビー・ジョーンズ
スウィングは右手が主か、左手か。この議論は昔からあり、長い間物議をかもしてきたが、球聖ジョーンズのこの言葉が与える影響は大きいだろう。


「ゴルフは左手、との実感は英国のサニングデールの練習ラウンドを66でまわったときだ。このときアイアンショットのコツを体得したが、それは左手でボールを打ち抜くということだ」
と語っている。


こうして右手がパワー、左手が軌道をつかさどるのは常識となってきた。
右利きゴルファーにとって、なお強い左手をつくることがこの名言の示唆するところだろう。

【ボビー・ジョーンズ】
1902年米国生まれ。14歳で全米アマに出場後、数々の選手権に優勝。1930年には年間グランドスラムを達成。オーガスタナショナルGCを設立し、マスターズトーナメントをはじめた球聖。


(><)
“ボールを打ち抜く”まだそこまでのスウィングができていない。
もっともっと鋭いスウィングができるようになるまで練習しないといけないんだと思う。

ki銀次郎

2015年6月30日火曜日

不滅のゴルフ名言集(摂津茂和)

ゴルファーは技術向上にかけて
並々ならぬエネルギーを費やす。
それはゴルフ発祥の時代から変わらない。
ゴルフ上達における歴代の金言は
技術書以上に核心を突く。




~法律は悪人が存在するものとしてつくられているが、ゴルフ・ルールは、故意に不正をおかすプレーヤーはいないという前提でつくられている~


これは日本ゴルフ界の草分けであり、長く日本ゴルフ協会(JGA)の規則委員としてゴルフ・ルールにふかい造詣のあった大谷光明の著『日本ゴルフ規定の解説』のなかにある言葉である。



ゴルフ・ボールは遠く飛ぶかわりに、どこへそれるかわからないので、プレーヤーが左右にはなればなれになってプレーする場合が非常に多い。



そのため不正をおかそうと思えば、人目につかぬところでボールをこっそり動かしたり、ひそかに別のボールで紛失球をまぬがれたり、あるいはスコアをごまかすことさえできる。



だが、もし最初からそういう不正なものを考えに入れたら、おそらくゴルフというゲームは発明されなかったかもしれない。
その点で、ゴルフはまことに大らかなゲームであって、ゴルフほど人間の善意を信頼したゲームはほかにないであろう。



いいかえれば、規則における罰則は、すべて善意の過失によって規定の処置をあやまったものに対してプレーの公平を期するのが目的であって、もし規定に明示されていない不測の問題がおきたときには公正の理念にてらして解決せよ、というのがゴルフ規則の精神である。



われわれゴルファーは、このように人間の善意を信頼した大らかなゴルフ規則を裏切ってはならない。
それどころかむしろ誇りとしなければならない。
大谷光明

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ゴルフはその人の性格が最悪の形で現れる。
ドロップする腕が伸びていなかったり、パットのときにパターヘッドがボールに触れたりしても申告しないとか、いろいろな形で現れてしまう。


どんな些細なことも“自分に有利”にものごとを考えてはいけないのがゴルフである。


最後に書かれている文章を誇りとして胸に刻み、ゴルフという歴史ある競技に臨みたいと思います。

ki銀次郎

2015年4月1日水曜日

不滅のゴルフ名言集(摂津茂和)

ゴルファーは技術向上にかけて
並々ならぬエネルギーを費やす。


それはゴルフ発祥の時代から変わらない。
ゴルフ上達における歴代の金言は

技術書以上に核心を突く。




~ゴルフの要素は不公平にある。不公平にぶつかるのは、あなただけでなくほかのものも同じであることを忘れてはならない。これこそがゴルフの真の公平なのだ。あなたがなすべきことは、コースの改良ではなくあなた自身のプレーを改良することだ。~
ジョン・ロウ


ゴルフのロウ・メーカー(立法者)といわれたジョン・ロウ
ゴルファーのなかには、自分の腕前も考えずに自分が所属するコースのバンカーがむずかしすぎるからもっとやさしく改良せよとか、グリーンのアンジュレーションが大きすぎるからもっと平坦にせよなどと苦情をいうものが案外に多い。



だが、広大なコースではいかに手を入れてもそういう不公平をなくすることはもともと不可能で、誰もが同じように不公平にぶつかればそれは公平と同じことだといったジョン・ロウの言葉は正しい。



かつてイギリスのコース設計家のトマス・シンプソンの言葉にも、
「ゴルフはダッファーであろうと名手であろうと、すべてのものにまんべんなく希望と喜びと怒りと悲しみとを与えるすばらしいゲームだ」
というのがあるが、これはとりもなおさずジョン・ロウの言葉と同じ意味にほかならない。



同時にこれはゴルフ・コースに、でこぼこした複雑な荒地(Moorland)を選び、できるだけ自然のままの状態を好むイギリス人の伝統的な考え方で、たとえば早打ちの名手として知られたジョージ・ダンカン(1920年全英オープン・チャンピオン)も、
彼の回顧録“Golf at the Gallop”(1951年)のなかで、こう書いている。




「ゴルフは非常によいショットをしても、それが非常に悪いライになることがある。だが、それがゴルフ・ゲームなのだ。私はまっ平らで、なめらかで、自分が打ったボールが悪いところへはねたり、曲がったりすることがないようなコースはきらいだ。人々はあまりにも公平ということを語りすぎる」
ジョン・ロウ

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夏坂健さんの本にこんなことが書いてあった。
あるゴルフ倶楽部のメンバーたちが、OB杭が多すぎるのでOB杭を取り除いてほしいと要望し、1つのホールだけOB杭を取り除いたら、以前のOBゾーンへ球を打ちこんでしまうと、なかなか脱出できなくてスコアがひどく崩れ、1週間もしないうちにメンバーたちはOB杭をもとに戻してほしいと言いだしたという話。



OBに打ち込んだゴルファーは、しかめっ面をしたり、ため息をついたり、嘆く者もいる。
我々のような下手くそゴルファーにとってOB杭の本当の意味は救済してくれているということを誰しもが忘れているのです。



私たちのような下手くそゴルファーがOBへ球を打ったときは、
「お~ラッキー!」
こう叫ぶべきなのである。
ki銀次郎

2015年3月27日金曜日

不滅のゴルフ名言集(摂津茂和)

ゴルファーは技術向上にかけて
並々ならぬエネルギーを費やす。


それはゴルフ発祥の時代から変わらない。
ゴルフ上達における歴代の金言は
技術書以上に核心を突く。





~ゴルフで大切なことは、勝敗よりもいかにプレーされたか、ということだ~


ジョン・ロウ
ジョン・ロウ(1869~1929年)は、1920年にオックスフォードとケンブリッジ両大学の卒業生と在校生のゴルファーによって結成された「オックスフォード・アンド・ケンブリッジ・ゴルフィング・ソサイエティ」の創設者のひとりで、同協会の有名な年次競技のトロフィーの“Presidents Putter”寄贈者であるほか、R&Aゴルフ倶楽部の規則委員長を20年間もつとめ、イギリスではゴルフに関して最も高邁(こうまい)な識見をもった人といわれた。
これは彼の名著“Concerning Golf”(1903年)になかの言葉である。
高邁(志などがたかく、衆にぬきんでていること)



ゴルフでは、まずいプレーをしても幸運やまぐれ当たりで勝つことがある。



またあまりに勝敗にこだわるとプレーがきたなくなって、かけひきを弄(ろう)したりずるいことをしたり、なかにはこっそり不正をおかすものさえいる。
弄(もてあそぶ。思うままに操る)




だが、こうして得られた勝利はゴルファーにとって真の誇りにはならない。



それよりも正々堂々とフェアプレーの精神をもって、困難にひるまず、不運をうらまず、自己のベストをつくし、かえりみていささかも悔いのないプレーをするほうが、ゴルファーにとってははるかに大切であり、大きな喜びがある。




むかしからスコットランド人はスコアにばかり一喜一憂して、その内容がフロックであろうとごまかしショットであろうといっこう意に介さないものを「カード・アンド・ペンシル・マン」と呼んで軽蔑する。



賞金とは関係ない一般アマチュアは、いたずらに勝敗やスコアにこだわらずにゴルフを生涯の友として真に楽しめる道を悟るべきであろう。
ジョン・ロウ

(><)
せっかくゴルフと出会えたのだから、私は「カード・アンド・ペンシル・マン」にはなりたくはない。
真のゴルフの楽しみと喜びを味わうために・・・・・

ki銀次郎

2015年2月27日金曜日

不滅のゴルフ名言集(摂津茂和)

ゴルファーは技術向上にかけて
並々ならぬエネルギーを費やす。
それはゴルフ発祥の時代から変わらない。
ゴルフ上達における歴代の金言は
技術書以上に核心を突く。





ゴルフほどプレーヤーの性質が現れるものはない。しかもゴルフでは、それが最善と最悪の形で現れるのだ~
バーナード・ダーウィン



イギリスのゴルフ評論家として、バーナード・ダーウィンほど
世界的に広く知られたものはいない。



進化論のチャールズ・ダーウィンの孫で、ケンブリッジ大学を出て弁護士となったが、ゴルフの魅力にとりつかれてついにゴルフ評論家に転向し、1961年に85歳で死去するまでゴルフエッセイを書きつづけた。



彼はアマチュア・ゴルファーとして活躍したが、非常な美文家で、
チャールズ・ラム以来の6人の最高エッセイストのひとりといわれ、1937年にはその文筆の功でC・B・E勲章を受けた。



また、1934年にはR&Aゴルフ倶楽部のキャプテンに推戴されたが、これは彼の有名な『ゴルフ気質論』のなかに出てくる言葉である。



たしかにゴルフほど人間を赤裸々にするものはない。
平常はひどく温厚で柔和そうに見える人が、ひとたびゴルフをすると別人のように粗暴なプレーをしたり、わずかなミスにカンシャクをおこしたりする。



また豪放でものに動じないように見える人が、
案外に小心でナーバスなプレーをしたり、スコアをごまかしたりする。



もちろんこの反対の場合もいえるが、いわゆる人は見かけによらぬとはこのことで、
ふだんはかくされているほんとうの性格がゴルフでは
もっともはっきりした形で現れるのであって、
ゴルフが心理的なゲームといわれるゆえんである。



われわれはゴルフを通じて、自分の性格のいかなる点が
自分のプレーを助け、
いかなる点が自分のプレーを毒し上達をさまたげているかをふかく吟味して、よい点はさらに助長させ悪い点はできるだけ改めるように努力すべきである。
バーナード・ダーウィン

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ゴルフにおけるエチケットやマナーを守ることは、
プレーする上においては大前提となるはずです。
服装によって他の人に不快感を与えていることも自覚しなくてはなりません。



人間はパーフェクトな人間など一人もいません。
大切なことは一度やってしまったマナー違反を二度と繰り返さないことでしょう。



よい点はさらに助長させ、悪い点はできるだけ改められる
人間になることだと思います。

ki銀次郎