2010年6月22日火曜日

自分にとって名コーチとは?

自分にとっての名コーチとは、

「教える側の感受性と教わる側(自分)の感受性が一致する相手、それが自分にとってわかりやすいと名コーチとなる」


これが合わないと、どんなに有名なコーチに習っていても批判したくなる。
だからスポーツに限らずものごとを教える指導者は、国語を勉強し、言葉を勉強し、表現力を豊にしなければならないと私は思います。


私にとっての名コーチは、
大学時代の4年間、私にアメリカンフットボールを教え、叩き込んでくれた名取保監督です。
私が今、こうして地に足をつけて立っていられるのは、名取監督のお陰です。


高校時代野球部でアメリカンフットボールは未経験。
身長184cm、体重68kg、ガリガリのひょろひょろでした。
私の時代、野球部はウェイトトレーニングなどしていなかったので腕力はありませんでした。


1年生の春合宿、練習でサーキットトレーニングがありました。
腕力のない私が腕立て伏せにてこずっていると、

名取監督は
「女がやってんじゃねーよ!」
と叱咤しました。


私の目からは自然に涙があふれ出てきました。
生まれて初めて流した悔し涙でした。


名取監督は仕事を持っているサンデーコーチ。
もちろん奥さんも子供もいました。
毎週日曜日は必ずグラウンドへ来ました。
お年頃のお子さんは、海水浴すら連れていかれたことがないと思います。


とにかく練習しました。
雨の日も、風の日も、雪の日も、毎日暗くなっても練習しました。
暗くなるとボールに石灰をつけて練習しました。


相手チームのグラウンドで試合をしても、勝っても負けても、必ずグラウンドを借りてそのまま練習するのが当たり前でした。
それが名取監督の勝ちへのこだわりだったと思います。


練習中、熱くなるとポロシャツのままダミーにあたり手本を見せるほどでした。
口数は少ないけど熱い人でした。


雨の日もびしょ濡れになって私たちの練習や試合を見守っていた名取監督。
自分では試合に出られない。歯がゆさだけが前にたつ。
負けるのが大嫌いだった名取監督。
とてもとても熱い人でした。


熱い人に習った私たち選手は、みんな熱い人間になりました。
私の同期はみんな熱い熱い人間です。
そんな熱い仲間が私は大好きです。
残りの人生でもう一回熱くなりたい。

ki銀次郎

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