2014年12月19日金曜日

しない生活(小池龍之介)

つながりすぎない、イライラしない
言い訳しない、せかさない、比べない


ときどきこういう文章を読んで、
自分をみつめなおす時間も必要かも?

ki銀次郎




~他人の心のブレに対して寛容になる~

優柔不断の原因は
「少しでも、より得をしたい」
という欲望にあると申しました。



世の中を見回しますと
「こっちがよいと思ったけれど、批判されるのは損だから、あっちに変えよう」
と、すぐに言葉をひるがえす政治家は、さらに叩かれています。



あるいは、恋人に
「今週末は一緒に旅行に行きたいから空けておいてね」
と誘っておきながら、その日、他にもっとしたいことができて土壇場でキャンセルなんていうのは、恋人を傷つけ怒らせます。



以前は
「Aの方がよりお得」
だと思っていたけれど、今度は
「Bのほうがよりお得」
だと思いクルッとひるがえす・・・・・



それが信頼できなさを醸し出すのは確かです。
けれども他方で、まるで鬼の首を取ったかのごとく
「またブレた」「嘘つき!」
バッシングする昨今の風潮は、私の目にはいったい何様のつもりだろう、とも映ります。



こうして他者のブレを叩きたくなるのは、その政治の
「どちらが得だろう?」
という迷いの煩悩に対して、怒りがわきあがってくるからでしょう。



けれども問題は、人間というものはボコボコにバッシングされて目を覚まし、改善できるような器用な生き物ではない、ということです。



非難されて苦しくなったぶんだけ、さらに心はより楽なほうを求めてウロウロ、右往左往するものです。



なおかつ、他人のブレを許せない狭い心の私たちは
「またブレた」
と怒り、心をかき乱すハメになる。



「他人の心なんて諸行無常、ブレるなんて当たり前」
と思えば寛容になれます。
すると自らの心も守れるうえに、相手を(ブレる政治家も)長い目で見守ってあげることにもなるでしょう。
小池龍之介


(><)
迷って得をすることはないということでしょうか?
迷った結果が良かった場合は、マグレか奇跡です。



でも迷った結果が良かった場合は迷ったことを“考えた”と勘違いしてしまい、同じような場面がくるとまた迷う。



ゴルフの場合はそれがアドレスの時間の長さに比例する。
下手くそほどアドレスは長いのだ。
「迷ったら得をしない」
これを頭に叩きこんでゴルフをしたいものだ。
ki銀次郎

0 件のコメント:

コメントを投稿